最近の更新 | |
---|---|
ドライランのありがたみを改めて知る
| 2024/04/04 |
伊豆半島
| 2024/03/31 |
お出かけチェックリスト
| 2024/03/29 |
Ruby
| 2024/03/27 |
Kubernetes
| 2024/03/22 |
音楽データをDisplayAudioで聞く
| 2024/03/09 |
Redmine
| 2024/02/05 |
git
| 2024/02/02 |
経済
| 2024/01/08 |
どうする家康
| 2023/12/17 |
MX-Linux
| 2023/11/06 |
國體関連学-休学のご連絡
| 2023/08/13 |
Debian
| 2023/08/02 |
CentOS
| 2023/06/13 |
Dell-XPS13
| 2023/05/23 |
ベルト
| 2023/05/18 |
SourceForge
| 2023/04/17 |
確定申告
| 2023/02/19 |
さらば「まぐまぐ」
| 2023/01/09 |
風猷縄学
| 2022/11/23 |
橋爪大三郎氏の書に罪はない。
橋爪大三郎氏の書にかこつけて日頃思っていたことを書いておきたいだけ。
僕に言わせれば、世界は宗教で動いていない。
「世界は宗教の皮をかぶった人間のエゴで動いている」のだ。
キリストは「汝の敵を愛せよ」と言った。
そこにはイスラムの人は含まれているだろうか。
イスラムの寛容の精神は世界に向けられているだろうか。
ユダヤ教、と言うよりは今のイスラエルのやり方は、 かつてのいじめられっ子が権力を握った時の悲劇にしか見えない。
誰もが宗教の名を借りて怒りをぶちまけてはいるけれども、 それではキリストもマホメッドも The GOD も、草葉の蔭で泣いているだろう。