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栗本慎一郎氏が名付けた「聖方位」。
古代ペルシャにおいて聖なる星(と考えられていた)シリウスの パワーを背後より受け前方に送り出す方角、つまり、 南北から西に20°傾いた方位となる。
古代都市ペルセポリスがこの方位に基づいて建設されている。
また、ゾロアスター教・ミトラ教がアジア全般に拡がる過程で、 各地で聖方位を意識した都市や王家の墓が作られていった。
そしてそれは日本にも伝搬している。
時系列に Google map を貼りつけてみた。
栗本慎一郎氏の「全世界史」より、大阪は羽曳野市の応神陵古墳 が聖方位を持っていることを知る。
この傾き、偶然とは思えない。
ただ、この市に多く存在する他の古墳の傾きは様々だ (地図を拡大して、周辺を見て欲しい)。
なので、やはりこの古墳が20°傾いているのは偶然、と片付けられるだろうか?
やはりそうとは思えない。
風水に見るまでもなく、昔は今以上に方角には重きが置かれていた。
この角度が偶然、というよりは、意図してこの角度に王の墓を建てたわけだし、 他の古墳の向きも、意図したものがあるのではないか… 僕はそう思うのだった。
同じく、栗本慎一郎氏の「全世界史」には 高句麗の首都丸都城は都市全体が聖方位だったというのだけど、 今 Google map で見ると、よくわからないなぁ…。
栗本氏によれば、蘇我氏は扶桑国の都市を鹿島神宮を中心として 作った、というのだけど、僕には初耳の内容なのだった。
事実集めはぼちぼちやるしかないのだけど、 どなたかご存じの方おられましたら、ぜいご一報下さいm(__)m
「鹿島灘が偶然南北から西に偶然20°傾いているから、その地形に沿った 神宮もその方向なのは偶然では?」と思う方もおられるかもしれない。
けれど、(栗本氏も言うように)僕は逆だと思う。
聖なる方向をこの鹿島灘に見つけ、そこに都市を作ったのだ。
宗教都市とは、そうやって作っていくものだろう。