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飯山一郎氏のサイト http://grnba.secret.jp/iiyama/ の 2012/11/03(土)① 飯山一郎の無料出版事業 の記事にて、 山形明郷氏の『卑弥呼は公孫氏』が無料公開された。
さっそく感謝の意を込めて氏の bbs サイト「放知技」 に投稿したところ、興味深いお返事を頂いたので、ここに再掲:
824:飯山一郎 : 2012/11/03 (Sat) 01:39:01 host:*.ocn.ne.jp >>823 W殿には早々の応答を賜り、御礼を申し上げます。 さて、山形明郷の『卑弥呼の正体』と、今回の『卑弥呼は公孫氏』は、 三韓(馬韓、弁韓、辰韓)と、三国(百済、高句麗、新羅)が、従来の 定説にいう朝鮮半島南部ではなくて満州の地にあったことを、中国の 膨大な歴史文献を参照しながら証明しています。 また、『魏志倭人伝』が日本古代の事象を記した歴史書ではないこと も証明しきっています。 したがって、卑弥呼の邪馬台国の所在地も日本列島ではなかったと 明確に述べています。 これは、「日本人の歴史観」と「常識」を根底から突き崩す大変な史観 だと言えましょう。 あとは、考古学的な裏付けを待つばかりです。 いや!すでに「百済国は満州にあった!」とする出土品は出ています。 http://grnba.com/iiyama/html/16kodaisi.html#RyoNei しかし、従来からの「常識」が邪魔をして、日本人は「定説」を信じたまま です。 邪馬台国はどこにあったか? というテーマで、私は20年前、雑誌に 歴史論を書いて発表しました。URLを下に記します。ご笑読のほど。 http://grnba.com/iiyama/home/pcmail/yamataikoku.htm 以上。 飯山一郎拝 823:W : 2012/11/02 (Fri) 23:37:55 host:*.i-revonet.jp 山形明郷氏のご著書の公開、ありがとうございます。早速読ませて頂きます。 山形氏の「卑弥呼の正体」を読み、虚を突かれた思いで、そこから知見を広げたくて、 小林恵子女史の本や、億ウソ氏のサイト(http://www31.tok2.com/home2/okunouso/)を読んで いる、歴史好きアマチュアの中年零細ヒラサラリーマンです(^_^; 私が氏の本に出会った時、山形氏は既に亡くなられていましたが、氏の名前をキーワードに ネットをさまよっていたところ、飯山様のサイトに出会えた次第です。 飯山様のサイトも大変興味深いですね。毎日読まさせていただいています。 文献からだけでなく、考古学その他多元的に事実を重ねることで歴史の真実に迫りたい、 と言うのが私の思いです。その観点から色々な方の本を読んでいますが、なかなか私の力では 事実を積み上げるところまで至らないのが現実ではありますが…(^_^; 東アジア古代史を、思想や立場ではなく、事実を元に研究を積み重ねている場があれば ぜひ知りたいところです。もしご存知でしたら、ご紹介いただければ幸いです。 取り急ぎご挨拶でした。 W
本当は、飯山氏に、氏なりの視点からの山形氏・億ウソ氏・小林女史の総括 を聞きたかったのだったが、それは無理だった(^_^;
とは言え、追加の情報をいただけて、僕としては満足している。
古墳時代の遺跡が、大英博物館に収められていたとのこと。 日英の合同調査が今年から始められる。
知らなかった。空白の世紀に何らかの事実が見つかると面白いのだが。
昭和3X年、宅地造成で破壊されている。
名前「芝」が気になる。芝 → シボ(錫伯・鮮卑)族?
ペンネーム 新丸礼治(2002から?)・奥の嘘道、本名 河本秀雄。 (http://www31.tok2.com/home2/okunouso/moksirok/timei2.html に載っている)。
面白かったので、メモを取りながら読んだ。 個人のサイトながら自費出版されようとしていたので、その情熱は本物だ。 どれだけ客観性があるのか(学会で受け入れられているか、 合理的・考古学的・他の説との整合性)、 判断するだけの力量は今の僕にはまだないが、ぼちぼちと進めていきたい。
以下、個人的にまだ分かってない箇所には ? を付けている。
倭奴(weano)
「津」はルでもある、という例を社員 5-1 に上げている。そうすると…
とうか、と読むとどうなるか。
(扶余は)六つの家畜の名前を官名にしており、馬加・牛加・狗加などがある…
天皇の遠の朝庭と しらぬい筑紫の国は 賊守る鎮への城ぞと聞し食す…
…二カ所とも弖と読めるが、活字に直すときには氏(下に一)の字に変えられている
「……昔者(むかし)、新羅の国の神、自ら度り到来りてこの川原に住みき、 すなはち名を鹿春(カハル)の神といひき……」
吾が子孫をしてここに国を立たしめんとす。汝、其れこれを避けよ。 東海の濱に地有り。號けて迦葉原(カハハラ)と曰う。
武を使持節都督倭・新羅・任那・加羅秦韓・慕韓・六国諸軍事安東大将軍倭王とす
氏は、チンギス・ハーン = ジンギス・カン、の例をあげ、 ことばの音節の変化がありうることを説く。
日本語の方言もそのようなものだろう。
数が多いので、まとめてみた。
語源 | 高句麗(現中国東北地方(旧満州)〜朝鮮半島)地域 | 日本での呼び名(**) | 例 |
---|---|---|---|
朝鮮(chows) | 茶臼(chaws) | ||
吉 | キル | キツ・キチ・桐(キリ)・霧(キリ) | ウルチ・オロチ |
キルジュ | 吉州(朝鮮半島) | 橘樹(キツジュ) |
(タチバナ)
神奈川県橘樹郡
今の川崎市〜横浜市鶴見区辺り |
木月(キツキ) | |||
住吉(キチ・ジュの転訛→ジュ・キチ) | |||
イルモ | 日木 | 出雲(イズモ)・犬吠(イヌボウ) | |
チュガ・ツガ・スワ | 諏訪・(横)須賀・稲荷(トゥカ)・十日(トウカ)・蘇我 | ||
アムール | 余(アマル)・天理(アマ・リ)・ヤムル→ヤムトゥ→ヤマト? | ||
ナガラ(勿) | 長野・名古屋・長良 | ||
Xiwo(シヴォ) | 塩(シオ)・市場(シバ) | ||
weadoo | 江戸・淀 | ||
ハン(匈奴の勿) | 斑鳩のハン | ||
turturhle(タタール・チチハル・タルタル・ダイダラ) | 代田・鳥取・土浦・秩父 | ||
トンヘ | 東海 | 利根・東海村 | |
アルタイ | 金・アリラン | 有田・新田・新た | |
東湖(トコ) | 徳興里(トコリ) | オホートコ(オホーツク)・知床・ウラジオストク・所沢 | 記紀冒頭の「天之常立(トコタチ)神 |
ナホトカ | 能登・直江津 | 地名の類似性。上の「トコ」とも関連 | |
市杵島(いちきしま)・厳島(いつくしま) |
(**)必ずしも現日本国内の地名に限らず、日本海周辺の地名を 今どう呼んでいるか、も含む。
7〜10世紀。遣唐使が15回だったのに対し、 遣高麗・渤海使は 39回も行われた事実は何を意味するか。
…「アムール」は「ヤムル」でもあり、その「ル」が前ページのように「トゥ」 に変わるとしたら、ずばり「ヤムトゥ」になる。そしてその「ヤムト」がヤマト の語源だ、と確信している…
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/new/0510roots.htm#amurutora の箇所。 まだ僕には理解できないので、疑問符付きで引用することにする。 氏は続ける:
記紀史観によってヤマトの語源「アムール」さえ歪曲してきたことに憤懣やるか たないのである。自分で自分の祖先を葬らせれば、アムール族を「苔むすまで」 支配できる、というのが匈奴(百済ヤマト)の支配思想でもあったのだ。その 記紀史観によって「ヤマト」のルーツが抹殺されてきたことをどう思うか?
自ら矜大(きょうだい)、実を以て対(こた)えず
「態度がでかくて、言うことはホラばかり」?
要調査。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/nimaru.htm より:
「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記録されている事実に、韓国との縁を感じる」と発言した。
マスコミは無視したそうだ。。。
実証的にオオ氏の産鉄跡を丹念に追った本。 事実に即しているので信憑性は高い。
また、記紀が強く製鉄に関連していることを示していて興味深い。 やはり、権力とは力でありそれは古代においては「鉄」だったのだ。
(鉄がなぜ力なのか、はジャレド・ダイアモンド氏の「銃・病原菌・鉄」 に詳しいが、長い本(^^;なので結論だけ書こう。 それは、最高度の武器だったからだ。ことごとく青銅器文明は製鉄民に滅ぼされた。 古代においても、スペインの南米侵略においても。)
オオ氏は、太氏・多氏・大氏、とも書く。 オオ氏で有名なのは記紀の編纂をした太安万侶。 従四位下というかなり位の高い文官だった。
かつての関東の豪族だったオオ氏も滅亡されること無く、 大和朝廷の中で生きていたことになる。
(この、統合の力こそが日本の秘密なのではないだろうか)
上の章「抹殺された日本国号の由来" 読書メモ」によれば、 意富比(オボイ)・意富子(オボシ)・烏帽子(エボシ)もまたオオ氏からの派生らしい。 奥野嘘道氏の説、どこまでが本当でどこからが逸脱なのか、 なかなか難しい(横浜市緑区の「緑」はミトラから来た、というのだけど、 さすがにこれは逸脱ではないかと…^^; )。
(メモ。未整理)
井沢元彦氏の「逆説の日本史」。 歴史に興味を持たせてくれた格好の書のひとつなのだけど、 どうやら色々と条件付きで読む必要があるようだ。
以下は、僕が今の所、留意したいと思っている点:
自分にも検証できそうなことをとりあえず挙げておきたい。